拘束時間が長いのは何の差?

不必要に拘束時間が長い。
みんな飽き飽きして不平不満があるのに、なぜ変わらないのだろう?
グループ集会や会議の時の日本人は”不思議ちゃん”だ。

私が初めて拘束時間が長い!と嫌気がさしたのは、小学校の時。
入学式や卒業式で必ずある、先生の言葉や来賓の言葉、だ。
ほんとに、まぁー、よく長々と・・・。おそらくその場にいる全員が思っている。
座っていても立っていてもツラい。その場にいることがツラい。
”贈る言葉”だって、2分でも十分だと私は思っている。
必要もないのに10分以上も話す人もいる。
私の小学校では、卒業式など大きなイベントでは予行練習を
何度もやらされた。練習の時から校長先生は長々と話している。
生徒たちは予行練習でも本番でも、同じながーい話を聞かされるのだ。
こんなツラくて時間がもったいないことはない・・・。
と、子どもだって思う。

こういう人は話好きというより、時間内に話をまとめられない人。
ビジネスの世界で例えれば、プレゼン能力の低いセールスマン!
セミナーで期限時間内に終わらないプレゼンなどあり得ないのだ。

先生や来賓だからしょうがないのでは?
というのは違うんじゃないかと思う。
だってドイツ人では、ほとんど働いたことがない主婦でも、
普通の近所のおっさんでも、さらっと上手くまとめるスピーチができてしまうから。
会員になってる何かの集まりで、クリスマスパーティやイベントをやる時、
地域サッカーの試合での表彰式の時など、100人前後の集まりがあったとして、
急にスピーチを回されても、本当にスラスラと短く要点や意見をまとめ、
ジョークも少し入れたりして3分以内に話し終える、という話術を、
ほとんどの人ができる。だから無駄に会が長くなったり、冗長化しないのだ。

最初のころ、私はこれを国民性の違いだと思っていた。
日本人は恥ずかしがって意見を言えない、人前で話すのが苦手。
個より和を大切にするから我慢する傾向にある。
などは、誰でも一度は口にしたことがある常套文句。

でも長女カナが小学校に通い始め、これは教育の違いと明確に感じる。
ドイツの小学校では、日本でいう通知表を年に2回もらう。
学年の半分ぐらいになった時期に、1回目の通知表をもとにして
生徒・教師・保護者の三者面談が行われる。
三者面談は年に1回のこの時だけなのだが、1つ1つの項目について、
それまでの評価を先生が生徒に伝え、学年末までにどうしていくか
保護者も含めて話し合うのだ。

この項目の中に、
「授業中にじゅうぶん手を挙げて発言しているかどうか」
「積極的に授業に参加しているかどうか」

というのがあり、国語(ドイツ語)や算数の成績と同様に重要視され評価される。
テストが全て満点でも、先生が生徒に質問し正しく答えていたとしても、
発言が少ないと最高評価である1はもらえない。2になる。
勉強ができても発言が少ないと、積極的に授業参加してると見なされないのだ。

これは会議や保護者会などで、よく発言する人だけが話し続け、
意見があっても言わないで、座ってるだけの人に当てはまる。
もちろんそういった人も、人前で言わないだけで意見はあるから、
集まりで発言しなかった分、他で発散する。

疑問・意見や不平不満を、いつも酒の席や家庭でばかり言う人たちのことだ。
そういう事はその場で言って、飲み会や家での時間は楽しく過ごす方が良いに決まっている。
もちろん、いつもではなく5割でいい。
疑問には意見して話し合い、良い方向に持っていく習慣をもっと付けた方が、
それこそ日本人が所望する”和”になると思うのだけれど。
発言度の評価項目は、日本の学校にもぜひ取り入れてほしいものだ。